2012年5月アーカイブ

壱岐

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魏志倭人伝によると邪馬台国への道は、朝鮮半島から海を渡って対馬や壱岐を経て、
九州の末盧国(佐賀県東松浦半島)に着くとなっています。

北部九州と朝鮮半島を結ぶ航路沿いには、古くから巧みな航海術をもった海人が住んでいて、
古代の九州は交易によって日本列島の最先進地になっていたそうです。

壱岐は魏志倭人伝に「一大国」という名前で記述されていて、島の中央部にある原の辻遺跡から中国の通貨や鉄製品が出土しています。
この発見によって朝鮮半島や中国大陸の鉄の技術を身につけた人たちが壱岐を経由して日本列島に移住したと考えられています。


・原の辻は魏志倭人伝に登場する国の中で、場所と王都の位置が唯一特定されている遺跡。
右の画像は壱岐市立一支国博物館に展示している復元された古代船。


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鎮守の春祭り

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みやこ町豊津地区では、5月3日が春祭りの初日です。

地元の産土神にお参りしてお神酒で清め、町内の巡行に出発です。

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我が家は神社の隣なので、いつも一番にお神輿がやってきます。
玄関前で3回ワッショイをやっていただきました。

お神輿巡行のお礼として、祭りの主役の子供たちに、僅かな金額ですがご祝儀を包みます。

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樽神輿の担ぎ手は大人に任せて、子供たちはもっぱらお賽銭箱と鳴り物を担当です。
わが町も子供たちが本当に少なくなって、賑わいも減ったような気がします。

今年はどうにか雨も降らずに一安心でした。

ゴールデンウイークの5月1日、午前中は昨日の雨も上がり、薄日が差す穏やかな日和の中、
みやこ町豊津の甲塚墓地で、会津藩士:郡長正の142回忌墓前供養祭が厳かに執り行われ、
みやこ町井上町長はじめ行政関係者や豊津郷土史会会員の方々が参列し、墓前に焼香して故人の供養をしました。


みやこ町豊津、甲塚墓地での墓前供養の模様と、郡長正墓碑


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