2015年4月アーカイブ

NHK大河ドラマ「八重の桜」を覚えていますか?

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明治元年9月、戊辰戦争で負けた会津藩は鶴ヶ城を明け渡し、
国を追われて青森県斗南に移住した。

豊津の小笠原藩は、かって会津藩に恩義を受けていたため、
少年たちの教育を申し出て、藩校育徳館に留学を受け入れた。

会津では7人の少年が選ばれ、その中には、戊辰戦争の責任をとって切腹した
会津藩家老:萱野権兵衛の次男、萱野長正が名前を郡長正と改めて加わった。

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長正は育徳館で文武に励み優秀な少年であったが、母に当てた手紙で、
食べ物の不満を書いたことが小笠原藩の少年たちに知られることとなり、
会津武士道の精神を汚したとして、その責任をとって切腹した。


今年は郡長正の没後145年を迎え、みやこ町での追悼行事として、
4月30日に豊津公民館で記念講演が行われ、5月1日には豊津甲塚墓所で
墓前法要が催されます。

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郡長正ら7人の少年がくぐった小笠原藩校育徳館の黒門と、
育徳館高校構内に設置されている郡長正ゆかりの石。

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イベントの詳細は、みやこ町ホームぺージをご覧ください。