2016年6月アーカイブ

小倉昭和館は、常盤橋から江戸時代の中津街道を中津口に向かうと、旦過市場の隣あたり。

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名前の通り昭和14年創業のレトロなミニシアターで、今でも2本立ての上映が1100円。

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学生時代高倉健の格好よさにあこがれて、主演の映画をしょっちゅう見に行った同級生4人。
久々に博多、小倉、行橋、みやこ町から小倉昭和館に集まり、高倉健の懐かしい映画を鑑賞。

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6月18日から始まった高倉健特集は、毎回2本立て。

1本目は「単騎、千里を走る」で、高倉健の朴とつで渋い役柄が男らしさを滲ませ、いきなりシーンの中に引きこまれた。

2本目は「恋と太陽とギャング」で、デビュー当時の喜劇アクションもの。
妙なストーリーの展開で、全員すぐに眠気に誘われて内容は全く覚えてないありさま。

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映画のあとは近くのレストランで、4人が元気で集まれたことを祝って、生ビールで乾杯。

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撮影日:2016.6.21

伊良原地区に新設された付替え道路を車で登り、視界が大きく開けたところが見学台。

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眼下にダム工事の建設現場が広がり、目に飛び込んでくるのは、各所に最新の技術を駆使した装置や重機の動き。

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この見学台から、ダム工事の進捗状況を見ることが出来るのもまたとないチャンス。

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壮大なスケールの工事風景は見ているだけでも頼もしく、
数年先に完成するダムの構造物や置き去られた湖底の姿を想像させる。

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ここで撮影した画像はカメラごと伊良原ダム建設事務所に持参し、ダム見学を確認してもらえれば
ダムカードを配布してくれる。

事務所の話では、もうすぐカードの写真などを更新するとのこと。このカードをご希望の方はお早めに!


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撮影日2016.6.15

中津街道史跡探索ウオーク第3回目は、
JR阿部山公園駅に集合し、中津街道を下曽根までたどるコース。

あいにくの小雨模様でしたが今回も大勢の参加者があり、
北九州市観光案内ボランティアの佐用さん、林さん、渡辺さんに従って3班に分かれて出発。

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途中、中津街道から田川方面への分岐点を通過。
説明がなければ気付かない、まるで路地裏のような小路でした。

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足立山のふもとに鎮座する葛原八幡神社は、和気清麻呂が宇佐神宮で神託を受け、
この地に立ち寄って霊泉で足の傷を癒したという。その庵を結んだ場所に八幡宮が建立され、
のちに清麻呂の子真綱が現在地に移したと伝えられている。

参道の両脇には、和気清麻呂を守ったという霊猪が狛犬のように置かれているのも珍しい。

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境内の裏手には、和気清麻呂がこの地を訪れたとき、船のともづなを結んだという「艫綱石」がある。
竹馬川河畔からこの場所に移設されたとのこと。

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街道筋の葛原本町にある茶屋本(ちゃやもと)邸のお茶屋跡は、藩主が狩りをしたときに利用したお茶屋で、
使用された抹茶碗や藩主が狩ったという「猿の手」が伝えられている。
当時の藩主から戴いた「茶屋本」の姓を今でも名乗っているとのこと。

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中津街道には花崗岩でできた水準点が残る。
明治23年に各国道を2kmごとに計測して設置した石柱で、東京湾の海抜を0mとして、ここの高さは22,3m。

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かって入江であった下曽根に開作が進み唐戸を設けたため、竹馬川に架かっている橋が唐戸橋。

下曽根の宿場町は経済・交通の要所として繁栄。宿場内には高札や塩の集荷場、旅籠もあった。
唐戸橋の東たもと一帯には本宿が置かれていた。

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下曽根の正覚山西迎院境内には、小笠原藩お抱え力士の矢口九十郎の墓碑がある。
台石に21名の力士名が刻まれ、界隈の賑わいが偲ばれる。

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撮影日:2016.6.12