伊藤尾四郎先生が、豊津時代に「京都郡誌」を編纂

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福岡県の多くの市史・郡史を編纂された伊藤尾四郎先生について、
美夜古郷土史学校の山内公二氏が講演を行いました。

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伊藤尾四郎先生は、明治2年、宗像郡東郷村に生まれ、福岡中学校(修猷館)を経て、
東京の第一高等中学校から東京大学国史科に学びました。

卒業後は東大の維新資料編纂所に入り研究に没頭していましたが、ひどい脚気に悩まされ、先輩や友人から
「都会を離れると治る」と助言されて、明治30年郷里近くの京都郡豊津村の豊津中学校(育徳館)に
歴史の教官として赴任しました。

豊津中学に在職中、郡から依嘱を受けて「京都郡誌」を編纂するかたわら、京都郡の郷土史研究と著作に打ち込み、
御所ヶ谷の研究で神籠石を発見し、学会に報告しています。

他にも、与原の御所山古墳の研究、等覚寺修験道、豊前国分寺、今井祇園祠、村上仏山水哉園などの調査に力を注ぎ、
そのことごとくが国や県の文化財に指定されています。

豊津中学校在任11年で、小倉中学校の初代校長に栄転されましたが、その後は福岡県立図書館長、
福岡県立女子専門学校などの要職を歴任されました。

その間、企救郡誌、宗像郡誌、戸畑市誌、小倉市誌、門司市誌、八幡市誌、大牟田市誌、久留米市誌、福岡県史資料など、
多くの叢書の編纂を行っています。

伊藤尾四郎先生についての講演は、引き続き次回の美夜古郷土史学校で、
九州産業大学講師:草野直樹先生によって行われます。

   ・日時:9月28日(木曜日)18:30~20:30
   ・場所:行橋市中央公民館ホール
   ・受講料:資料代として、500円

撮影日時:2017.8.24

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このページは、アサジが2017年8月26日 14:54に書いたブログ記事です。

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