2017年12月アーカイブ

本年度最後の美夜古郷土史学校講座で、三木義男氏が「豊津峯高寺墓地に眠る人々」について
研究発表を行いました。

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みやこ町豊津の浄土宗峯高寺は、信州飯田城主であった小笠原秀政の正室福姫を供養するために
信州飯田に建立した寺院で、小笠原藩の転封のたびに移転し、小倉城の炎上によって豊津に移転された。
もともとは「慶林寺」で、福姫の法号が「峯高寺殿」といったため、寺号を峯高寺に改めた。

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徳川家康の長男信康と織田信長の長女徳姫が結婚し、二人の間に長女として生まれたのが福姫で、
信康が謀反の罪で自刃したあと豊臣秀吉の仲介により小笠原秀政と結婚した。

小笠原家は福姫との婚姻よって徳川家と親戚になり、譜代大名としてその地位が築かれたため、
転封のたびに峯高寺の寺地も移転した。

峯高寺墓地には夏目漱石の小説「三四郎」のモデルといわれる小宮豊隆や、NECを創設した岩垂邦彦など、
日本の近代を築いた多くの著名人が眠っている。

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福姫の祖母は信康の母であり、徳川家康の正室築山殿で、先日のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」では、
菜々緒さんが「瀬名」に扮して登場していました。今川家や井伊家とも縁戚関係になります。

大河ドラマファンの方、豊津峯高寺を訪ねてみてはいかがでしょうか?

講演日:2017.12.21

年末恒例のすす払いが、みやこ町の国分寺三重塔で行われました。

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みやこ町歴史民俗博物館友の会が主催して、毎年行われている行事です。

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豊前国分寺は、約1300年前の奈良時代に聖武天皇の詔により、
その当時の69ヵ国に建立された国立寺院の中の1つです。

奈良の東大寺を総国分寺として、豊前の国では、政治の中心であった豊前国府に近いところに
国分尼寺とセットで建立されています。

豊前国府と国分寺の真ん中あたりを古代官道が走り、そこから眺めると国分寺のシンボルである七重塔が、
道標のようにそびえていたと推測されています。

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木立に囲まれた国分寺の境内は、冬の寒気で底冷えがしましたが、
三重塔は大勢のボランティアの方々に埃を払われて、垢抜けたように綺麗になりました。

撮影日:2017.12.9

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