第1部「北九州の誕生と発展について」

さあ、休憩も終わり、シンポジウムのスタートです。

●日本都市学会 第59回 全国大会のテーマは【都市の進化】

休憩をはさんでの2部構成・・・なので今日は第1部をご紹介。


第1部 「北九州の誕生と発展について」

deguti1.jpg

コーディネーター: 九州都市学会会長  北村速雄氏

パネリスト  : 元北九州市助役  出口 隆氏

パネリスト  : (公財)北九州活性協議会理事長 小嶋一碩氏

「まずは、資料の確認をいたします。
黄色い表紙のプログラムと、"回想"五市合併の冊子と、
発言要旨をまとめた、机の上に配布した用紙をお手元にご用意ください。」


プログラム:OK.
小嶋さんの発言要旨:OK
袋の中をごぞごぞとあさり、"回想"五市合併の冊子もOK!!


deguti2.jpg


年表のスタートは明治32年(1899) 「関門2市合併の話」
明治36年には、門司・小倉合併論  若松・戸畑合併論
その後も 若松・戸畑 、 八幡・戸畑で合併論


【合併問題は4回浮上】

※第1回合併運動:昭和9年(1934)
合併の機運作りといったことで自然消滅。

※第2回合併運動:昭和18年(1943)
戦時体制下で、討議の主題は緊急の防空対策?


※第3回合併運動:昭和22年(1947)
五市の議長会で「五市合併研究委員会」の発足が決定。
一歩前進。


※第4回合併運動:昭和35年(1960)
都立大学「磯村英一氏」の「多核都市論」とマスコミの協力。


東京オリンピックが1964年、
その前に皇太子さまと美智子さまのご成婚。


●「テレビ」が急速に普及していった時代でした。


【街づくりを支えた"進取の気性"と"公の精神"】

~ 新しいことに挑戦する勇気と、
それを生み出す、私利を超越した"公の精神"を等しく有していた。

これこそが、このまちの企業にも市民にも、
久しく流れ続けている遺伝子であり、得がたい資質ではないかと思う。 ~

小嶋一碩さんの、このフレーズに尽きるのではないかと・・・。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://shikisaikan.info/mtos/mt-tb.cgi/2194

コメントする

このブログ記事について

このページは、剛のファンが2012年10月29日 20:07に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「「休憩時間」」です。

次のブログ記事は「第2部「北九州市はどこに向かって進むのか」」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.04